子の引渡しを命ずる審判を債務名義とする間接強制を認めなかった最決H31.4.26

 子の引渡しを命ずる審判が確定すると、この審判をもとに引渡しの強制執行を行うことになります。しかし、最高裁平成31年4月26日決定の事例では、権利濫用を理由に強制執行を認められませんでした。重要な決定ですのでご紹介します。

最高裁平成31年4月26日決定

 抗告人を「夫」、相手方を「妻」と置き換えています。

事実関係

① 夫と妻は、平成19年に婚姻し、平成20年に長男を、平成22年に二男を、平成25年に長女をもうけた。

② 妻は、平成27年12月、夫に対し、「死にたいいやや。こどもらもすてたい。」という内容のメールを送信した。これを契機に、夫は、子らを連れて実家に転居し、現在まで妻と別居している。

③ 奈良家庭裁判所は、平成29年3月、妻の申立てに基づき、子らの監護者を妻と指定し、夫に対して子らの引渡しを命ずる審判をし、同審判は、同年7月に確定した。

④ 妻は、平成29年7月、奈良地方裁判所執行官に対し、上記審判を債務名義として、子らの引渡執行の申立てをした。執行官が、夫宅を訪問し、子らに対して妻のもとへ行くよう促したところ、二男及び長女はこれに応じて妻に引き渡されたが、長男は、妻に引き渡されることを明確に拒絶して泣きじゃくり、呼吸困難に陥りそうになった。そのため、執行官は、執行を続けると長男の心身に重大な悪影響を及ぼすおそれがあると判断し、長男の引渡執行を不能として終了させた。

⑤ 妻は、平成29年8月、大阪地方裁判所に対し、夫及びその両親を拘束者とし、長男を被拘束者とする人身保護請求をした。長男は、同年12月、その人身保護請求事件の審問期日において、二男や長女と離れて暮らすのは嫌だが、それでも夫等のもとでの生活を続けたい旨の陳述をした。裁判所は、長男が十分な判断能力に基づいて夫等のもとで生活したいという強固な意思を明確に表示しており、その意思は夫等からの影響によるものではなく、長男が自由意思に基づいて夫等のもとにとどまっていると認め、夫等による長男の監護は人身保護法及び人身保護規則にいう拘束に当たらないとして、妻の上記請求を棄却する判決をし、この判決は、平成30年2月に確定した。

⑥ 上記経緯を経て、妻は、夫に対し、長男の引渡しを命ずる審判を債務名義として、間接強制の申立てをした。

原審・大阪高裁平成30年9月3日決定

 夫に対し、長男を妻に引き渡すよう命ずるとともに、これを履行しないときは1日につき1万円の割合による金員を妻に支払うよう命ずる間接強制決定をすべきものとした。

最高裁決定

 次のように述べて、強制執行は権利の濫用に当たり認められないとした。

「子の引渡しを命ずる審判は、家庭裁判所が、子の監護に関する処分として、一方の親の監護下にある子を他方の親の監護下に置くことが子の利益にかなうと判断し、当該子を当該他方の親の監護下に移すよう命ずるものであり、これにより子の引渡しを命ぜられた者は、子の年齢及び発達の程度その他の事情を踏まえ、子の心身に有害な影響を及ぼすことのないように配慮しつつ、合理的に必要と考えられる行為を行って、子の引渡しを実現しなければならないものである。このことは、子が引き渡されることを望まない場合であっても異ならない。したがって、子の引渡しを命ずる審判がされた場合、当該子が債権者に引き渡されることを拒絶する意思を表明していることは、直ちに当該審判を債務名義とする間接強制決定をすることを妨げる理由となるものではない。

 しかしながら、本件においては、本件審判を債務名義とする引渡執行の際、二男及び長女が妻に引き渡されたにもかかわらず、長男(当時9歳3箇月)については、引き渡されることを拒絶して呼吸困難に陥りそうになったため、執行を続けるとその心身に重大な悪影響を及ぼすおそれがあるとして執行不能とされた。また、人身保護請求事件の審問期日において、長男(当時9歳7箇月)は、妻に引き渡されることを拒絶する意思を明確に表示し、その人身保護請求は、長男が夫等の影響を受けたものではなく自由意思に基づいて夫等のもとにとどまっているとして棄却された。

 以上の経過からすれば、現時点において、長男の心身に有害な影響を及ぼすことのないように配慮しつつ長男の引渡しを実現するため合理的に必要と考えられる夫の行為は、具体的に想定することが困難というべきである。このような事情の下において、本件審判を債務名義とする間接強制決定により、夫に対して金銭の支払を命じて心理的に圧迫することによって長男の引渡しを強制することは、過酷な執行として許されないと解される。そうすると、このような決定を求める本件申立ては、権利の濫用に当たるというほかない。」

山崎敏充裁判官の補足意見

 私は、法廷意見に賛成するものであり、本件間接強制の申立ては却下すべきものと考えるが、執行手続との関係について若干の意見を付加しておきたい。

 間接強制の申立てを受けた執行裁判所は、提出された債務名義に表示された義務についてその履行の有無や履行の可否など実体的な事項を審査することはなく、当該義務の履行があったことや当該義務が履行不能であることなどを理由として申立てを却下することはできないのが原則である。

 しかしながら、本件においては、次のような事情が認められる。すなわち、本件審判を債務名義として申し立てられた引渡執行の際、長男が妻に引き渡されることを頑強に拒絶し身体の不調を示すまでに至ったことから、執行官は、執行を続けると長男の心身に重大な悪影響を及ぼすおそれがあると判断し、引渡執行を不能として終了させた。次いで、夫等を拘束者、長男を被拘束者として申し立てられた人身保護請求につき、裁判所は、長男が十分な判断能力に基づいて夫等のもとで生活を続けたいという強固な意思を明確に表示しており、その意思は夫等の影響によるものではなく、長男の自由意思であるとし、夫等による長男の監護は人身保護法等にいう拘束に当たらないとして請求棄却の判決をした。以上の経過をたどった後、更に間接強制の申立てがされたのが本件である。

 以上のような事情に照らすと、本件において、夫が、実力により長男をその意思に反して妻の監護下に移すようなことは長男の心身に有害な影響を及ぼすおそれが大きく、さりとて、長男の意思を変えるための働き掛けをしたとしてもそれが奏功するとは容易に考え難い上、自由な意思により夫のもとにとどまりたいと希望する長男に対し、その希望を断念するように強いるとなれば、これまた長男の心身に有害な影響を及ぼすことが懸念される。そうすると、現時点において、長男の心身に有害な影響を及ぼすことのないように配慮しつつ長男の引渡しを実現するために合理的に必要と考えられる行為を夫において具体的に探り当てることは非常に困難であり、このことは、上記の裁判機関等の判断により明白になっているということができる。それにもかかわらず、夫に対し、長男を妻に引き渡すことを命ずるとともに、これを履行しないときは1日につき1万円の割合による金員の支払を命ずる旨の間接強制決定をすることは、夫を窮地に追い込むものであって、過酷な執行として許されないものといわざるを得ない。

 本件は、間接強制決定が過酷執行として許されないことが、間接強制の申立てに先行する手続における裁判機関等の判断により明白になっているといえる事案であって、このような場合には、執行裁判所は、例外的にそうした事情を考慮して間接強制の申立てを却下すべきであり、このように解したとしても、執行手続の迅速性を害することはないと考える。

コメント

 近時、子の引渡しの強制執行に関する裁判例も増えてきていますが、子の状況を理由に却下したものは珍しいと思われます。本最高裁決定は重要ですので、補足意見もあわせてご検討ください。

(弁護士 井上元)