家事調停事件の管轄

 家事調停事件の管轄について判断した、仙台高裁平成26年11月28日決定についてご紹介します。

事案の概要

抗告人(以下「女性」という)と相手方(以下「男性」という)は、平成24年×月頃から性的関係を伴う男女の交際をしていた。当該交際当時、男性は、仙台家庭裁判所の管轄内である仙台市内に居住していた。女性は、平成25年×月頃までに妊娠に気付き、男性との婚姻を希望するようになった。一方、男性は、平成25年×月頃、仙台市内の住居を引き払い、さいたま家庭裁判所の管轄内にある住所地に転居した。女性は、平成25年×月、子を出産した。

女性は、男性に対し、子の認知及び出産費用の負担等を求めていたところ、男性は、女性を相手方として、仙台家庭裁判所に対し、男女関係解消調停の申立てを行った(以下「前件調停」という)。平成26年、仙台家庭裁判所において、前件調停の第1回期日が開かれ、同期日には、女性及び男性の双方が出頭した。同期日において、男性は、認知や出産費用について協議するためには、子との親子関係を確認することが先決であるとして、DNA鑑定を行うよう希望し、女性もそれに応じる意向を示した。

その後、女性は、男性を相手方として、前件調停が係属している仙台家庭裁判所に対し、子の法定代理人親権者母として、認知調停(以下「本件認知調停」という)を申し立てるとともに、男性に婚約不履行があるとして、300万円の慰謝料の支払いを求める慰謝料調停(以下「本件慰謝料調停」という)を申し立てた(以下併せて「本件両調停」という)。

女性は、本件両調停の申立ての際、仙台家庭裁判所に対し、①当事者間には既に前件調停が係属していること、②女性が本件認知調停を申し立てたのは、男性が前件調停の期日において、DNA鑑定を行って親子関係を確認したいと希望したためであること、③前件調停と本件慰謝料調停は、協議されるべき事実関係がほぼ重なること、④子は当時生後7か月であり、女性がさいたま家庭裁判所に出頭するのは身体的にも経済的にも負担であること等から、本件両調停を仙台家庭裁判所で自庁処理するよう上申した。

一方、男性は、仙台家庭裁判所に対し、(a)最近足の手術をしたため、長距離の移動が困難であること、(b)女性は代理人弁護士を選任しており、さいたま家庭裁判所への移動が容易であること等を述べ、本件両調停を仙台家庭裁判所で行うことには同意せず、さいたま家庭裁判所で調停が行われる場合には、出席する、と回答した。

仙台家庭裁判所は、平成26年×月、本件両調停をいずれもさいたま家庭裁判所に移送する旨の決定をした。

当該決定に対し、女性は、即時抗告した。

決定

当事者間の公平について

女性と男性は、仙台家庭裁判所の管轄区域内で、性的関係を伴う交際を行っていたため、本件両調停の前提となる基本的な事実関係は、もともと仙台家庭裁判所の管轄区域内で生じた。さいたま家庭裁判所に、本件両調停の管轄が生じたのは、男性が転居したためである。また、仙台家庭裁判所には、本件両調停の申立てに先立ち、既に前件調停が係属していたこと(①)、女性が本件認知調停を申し立てたのは、男性が前件調停の期日において、DNA鑑定を行って親子関係を確認したいと希望したためであること(②)、⑤仙台家庭裁判所で行われた前件調停の第1回期日には、女性及び男性の双方が出頭したこと、が認められる。これらの事情を考慮すると、本件両調停は、そもそも仙台家庭裁判所の管轄区域内で生じた男女関係の問題に関し、男性から仙台家庭裁判所に申し立てられた前件調停の話合いを実質的なものとするために申し立てられ、特に、本件認知調停は、男性の意向を受けて申し立てられ、本件慰謝料調停はこれと同時に申し立てられたものと認められる。当該事案の内容及び申立ての経緯等に照らし、本件両調停は、前件調停と併せて仙台家庭裁判所で行うのが、当事者間の公平に沿う。

それにもかかわらず、本件両調停をさいたま家庭裁判所に移送すれば、前件調停と本件両調停が別々の裁判所で行われるか、前件調停が取り下げられるなどして実質的に本件両調停が併せてさいたま家庭裁判所で行われることが容易に予想される。そのような結果は、当事者間の公平を著しく害する。

話合いのまとまりやすさについて

次に、話合いのまとまりやすさについて検討する。

子は生後1年を経過しない乳児であり、女性がさいたま家庭裁判所に出頭するのは相当の困難を伴うことが容易に予想される(④)。一方、男性は、もともと自分から仙台家庭裁判所に対し、前件調停を申し立て、実際に現在の住所地から仙台家庭裁判所に一度、出頭し(⑤)、本件両調停の申立てがなければ今後も仙台家庭裁判所に出頭することが予定されていたことから、本件両調停を仙台家庭裁判所で行うとしても、これによって男性に新たな出頭の負担が生ずるものではない。これらの調停の基本的な事実関係がほぼ重なること(③)に照らせば、本件両調停の期日は、前件調停の期日と同一機会に開かれることが予想される。

男性は、左足関節脱臼骨折を生じ、手術を受けたため、長距離の移動が困難である((a))と主張するが、当該出頭が著しく困難な状況にあるとは認められない。また、男性は、女性に代理人弁護士が選任されていること((b))も指摘するが、調停期日において充実した話合いをするためには、代理人弁護士のみならず女性の出頭が望まれる場面が生じうるし、男性も代理人弁護士を選任する予定であると述べているため、この点を重視することもできない。

したがって、本件両調停は、さいたま家庭裁判所より仙台家庭裁判所で行う方が、当事者の出頭を確保しやすく、ひいては話合いがまとまりやすいと認められる。

結論

以上より、本件両調停は、事案の内容、調停申立ての経緯、及び当事者の出頭の確保の観点に照らし、仙台家庭裁判所で行う方が当事者間の公平に資する上、話合いがまとまりやすいと認められるから、家事事件手続法245条1項の趣旨に照らし、これを原則的な管轄裁判所であるさいたま家庭裁判所で行う必要性は乏しく、むしろこれを仙台家庭裁判所において自庁処理すべき特段の必要があることが明らかに認められる。

それにもかかわらず、本件両調停をさいたま家庭裁判所に移送すべきものとした原決定は、自庁処理をすべきか否かの判断が家庭裁判所の合理的な裁量に委ねられていることを前提としても、本件事情の下では、同判断の際に考慮すべき事情を十分に考慮せず、その結果、当事者間の公平を著しく欠くなど法の趣旨に悖る結果を生ずるものであるから、原裁判所(仙台家庭裁判所)に与えられた裁量権の範囲を逸脱し、又はこれを濫用した違法なものというべきである。

コメント

土地管轄について

家事調停事件の土地管轄は、原則として、相手方の住所地の家庭裁判所にあります(家事事件手続法(以下「法」といいます)245条1項)。住所とは、実際の生活の本拠地であり、一般的には住民票により認定されます。この土地管轄は、当該調停の申立てのときを基準として決まります(法8条)。また、当事者が、当事者間の合意により、管轄家庭裁判所を定めることもできます(法245条1項)。

本件では、本件両調停申立時には、男性は、既に仙台市内から転居し、さいたま家庭裁判所の管轄内の住所地に居住していました。そうすると、原則として、本件両調停申立事件の土地管轄は、さいたま家庭裁判所にあることとなり、その結果、仙台家庭裁判所に対し申し立てられた当該事件は、原則として、管轄違いの申立てとして、管轄裁判所であるさいたま家庭裁判所に移送されることとなります。

自庁処理について

もっとも、「事件を処理するために特に必要があると認めるとき」(法9条1項但書)には、例外として、本来管轄権のない裁判所での自庁処理等が許されます。自庁処理をするか否かの判断は、裁判所の合理的な裁量に委ねられています。

「事件を処理するために特に必要があると認めるとき」とは、本来の管轄に従えば、申立人又は当事者双方にとって不便であったり、当事者の経済力等を比較してその一方に著しい負担を強要することとなるなど、当事者間の公平等の観点から、管轄の原則を緩めても事件の適正迅速な処理のために必要である場合をいいます。自庁処理の裁判等によって、本来管轄権のない裁判所に管轄が生じます。

本件では、本件両調停の申立てを受けた仙台家庭裁判所は、原則に従い、管轄違いとして、さいたま家庭裁判所に当該事件を移送しました。これに対し、女性が即時抗告したところ、仙台高等裁判所は、当事者間の公平及び話合いのまとまりやすさという観点から、仙台家庭裁判所の当該移送についての判断を違法であるとし、当該決定を取り消しました。

(弁護士 井上元)