夫の経営する医療法人と財産分与

医療法人は財産分与の対象となるか?

 医師である夫が個人で医院を経営している場合、経営のための不動産、預金等の資産が婚姻後に形成されたものであるなら、夫婦共有財産として離婚の際における財産分与の対象となります。

 それでは、個人経営ではなく医療法人である場合はどうなるのでしょうか?

 この点につき、大阪高裁平成26年3月13日判決が判断していますのでご紹介しましょう。尚、以下で判決文を引用するにあたっては、控訴人を夫、被控訴人を妻と言い換えています。

 まず、上記の点につき、次のように述べて、出資持分が財産分与の対象となるとしました。

「本件医療法人は、平成○年○月に開設された本件診療所が平成○年*○月○日に法人化されたものであり、本件医療法人設立後職員が若干増員されたものの、本件診療所における業務を継続するのに必要なものとして所有する資産や本件診療所の実質的な管理、運営実態等に大きな変化はなく、夫が形式上も出資持分の96.66パーセントを保有していることを考えると、本件医療法人が所有する財産は、婚姻共同財産であった法人化前の本件診療所に係る財産に由来し、これを活用することによってその後増加したものと評価すべきである。そうすると、夫名義の出資持分2900口のほか、形式上夫の母が保有する出資持分50口及び妻名義の出資持分50口の合計3000口が財産分与の対象財産になるものとしてその評価額を算定し、夫が妻名義の出資持分について財産分与を原因として夫に対する名義変更を求める旨の附帯処分の申立てをしていないことを考慮して、対象財産の総額に妻の寄与割合を乗じて得た金額から、妻名義の出資持分の評価額を控除する方法によって最終的な財産分与額を算定するのが相当である。」

医療法人の出資持分の評価

 それでは、出資持分はどのようにして評価するのでしょうか?

 上場されている株式会社の株式の場合、市場価格が明らかですから、その価格になります。しかし、非上場会社の株式の場合、市場価格が明らかではありませんから、国税庁の相続税財産評価基本通達、収益還元方式や配当還元方式、解体価値などにより評価されることになります。どの評価方法を重視するかは、個別の状況によることになるでしょう。そして、医療法人も同様の評価方法により評価されるべきと思われます。

 医療法人の出資持分の評価につき上記大阪高裁平成26年3月13日判決は次のように述べています。

「本件医療法人の出資持分の評価額を算定するに当たっては、収益還元法によって出資持分の評価額を算定し得るような証拠が提出されているわけではなく、純資産価額を考慮して評価せざるを得ない(最高裁平成22年7月判決参照)。

 もっとも、医療法(平成18年法律第84号による改正前のもの)に基づいて設立された医療法人については、社団たる医療法人の財産の出資社員への配分については、収益又は評価益を剰余金として社員に分配することを禁止する同法54条に反しない限り、基本的に当該医療法人が自律的に定めるところに委ねており、本件医療法人のように医療法人の定款に当該法人の解散時にはその残余財産を払込出資額に応じて分配する旨の規定がある場合においては、同定款中の退社した社員はその出資額に応じて返還を請求することができる旨の規定は、出資した社員は、退職時に、当該医療法人に対し、同時点における当該法人の財産の評価額に、同時点における総出資額中の当該社員の出資額が占める割合を乗じて算出される額の返還を請求することができることを規定したものと解されるところ、こうした返還請求権の行使が具体的な事実関係の下においては権利を濫用するものとして制限されることもあり得る(最高裁平成22年4月判決参照)。また、弁論の全趣旨によれば、夫は、当分の間、本件医療法人において医師として稼働する意思を有していることが認められ、形式上も96.66パーセントの出資持分を保有する夫が、現時点において本件医療法人に対して退社した上出資持分の払戻を請求するとは考えられない。さらに、将来出資持分の払戻請求や残余財産分配請求がされるまでに本件医療法人についてどのような事業運営上の変化などが生じるかについて確実な予想をすることが困難な面がある。こうしたことを考慮すれば、本件医療法人の純資産評価額の7割相当額をもって出資持分3000口の評価額とするのが相当である。」

(※注 上記最高裁平成22年7月判決とは最高裁平成22年7月16日であると思われます。)

医療法人の保有資産そのものは財産分与の対象財産ではない

 上記事件において、妻は、本件医療法人の保有資産そのものが財産分与の対象財産になるものと解すべき旨主張しましたが、上記判決は次のように述べてこの主張を排斥しました。

「本件医療法人は、法人としての実体を有する医療法人であって、多数の通院患者を擁し、従業員を雇用するなどして対外的な活動をしていることが認められるところ、医療法(平成18年法律第84号による改正前のもの)が、医療法人がその業務を行うに必要な資産を有しなければならない旨を定め(同法41条1項)、医療法人の資産に関して必要な事項を厚生労働省令で定めることとするとともに(同条2項)、剰余金の配当をしてはならないものと定めており(同法54条)、同法41条2項に基づいて制定された医療法施行規則30条の34が、医療法人は、その開設する病院、診療所又は介護老人保健施設の業務を行うために必要な施設、設備又は資金を有しなければならないとしていることを考慮すれば、本件医療法人の保有資産を夫と妻という個人間ですべて清算して分配するかのごとき取扱いをすることは相当とはいえない。したがって、妻の上記主張は、採用することができない。」

寄与割合について

 更に、上記判決は、夫と妻の寄与割合について次のように判断しています。

「夫は、妻が婚姻届出後別居時までに就労して得られたであろう収入を試算し、その金額を踏まえて妻の寄与割合はせいぜい3割である旨主張する。

 しかしながら、民法768条3項は、当事者双方がその協力によって得た財産の額その他一切の事情を考慮して分与額を定めるべき旨を規定しているところ、離婚並びに婚姻に関する事項に関しては、法律は、個人の尊厳と両性の本質的平等に立脚して制定されなければならないものとされていること(憲法24条2項)に照らせば、原則として、夫婦の寄与割合は各2分の1と解するのが相当であるが、例えば、Ⅰ 夫婦の一方が、スポーツ選手などのように、特殊な技能によって多額の収入を得る時期もあるが、加齢によって一定の時期以降は同一の職業遂行や高額な収入を維持し得なくなり、通常の労働者と比べて厳しい経済生活を余儀なくされるおそれのある職業に就いている場合など、高額の収入に将来の生活費を考慮したベースの賃金を前倒しで支払うことによって一定の生涯賃金を保障するような意味合いが含まれるなどの事情がある場合、Ⅱ 高額な収入の基礎となる特殊な技能が、婚姻届出前の本人の個人的な努力によっても形成されて、婚姻後もその才能や労力によって多額の財産が形成されたような場合などには、そうした事情を考慮して寄与割合を加算することをも許容しなければ、財産分与額の算定に際して個人の尊厳が確保されたことになるとはいいがたい。そうすると、夫が医師の資格を獲得するまでの勉学等について婚姻届出前から個人的な努力をしてきたことや、医師の資格を有し、婚姻後にこれを活用し多くの労力を費やして高額の収入を得ていることを考慮して、夫の寄与割合を6割、妻の寄与割合を4割とすることは合理性を有するが、妻も家事や育児だけでなく診療所の経理も一部担当していたことを考えると、妻の寄与割合をこれ以上減ずることは、上記の両性の本質的平等に照らして許容しがたい。したがって、夫の上記主張は、採用することができない。

 他方、妻は、妻の寄与割合が5割を下ることはない旨主張する。しかし、かかる主張は、夫が平成4年2月3日に妻との婚姻届出をするまでに、医師の資格を取得し、技能を身に付けるため、大学医学部に入学するための受験勉強、入学後の勉学、昭和61年に医師資格を取得するまでの勉学及び医師資格を取得した後のいわゆるインターンとしての厳しい勤務経験などの妻の協力を得ずにしてきた努力によって培われた知識、技能、及び、婚姻後に身を粉にして必死に稼働し費やしてきた多大な労力や経験が高額の収入確保に繋がっている面があることを不当に軽視するものであって、採用することができない。」

 このように、上記判決では、2分の1ルールをそのまま採用せず、夫の寄与割合を6割、妻の寄与割合を4割としましたが、この点については例外的な裁判例だと思われます。

出資持分のない医療法人について

 従来の社団医療法人では、定款において、出資持分に関し、①社員の退社に伴う出資持分の払戻し、②医療法人の解散に伴う残余財産の分配が定められていることが通常でした。このような①払戻し、②残余財産の分配があることを理由に上記高裁判決は、医療法人の出資持分を財産分与の対象としたのです。このような法人を「出資持分のある医療法人」といいます。

 ところが、平成19年4月1日施行の医療法により、新たに設立される医療法人については、上記のような①出資持分の払戻しや②残余財産の分配ができなくなりました。このような法人を「出資持分のない医療法人」といいます。従来の「出資持分のある医療法人」は当分の間存続することが認められますし(「経過措置型医療法人」)、「出資持分のない医療法人」に移行することもできます(ただし、税務上の問題点も存します)。

 「出資持分のない医療法人」の場合、財産分与の対象となるか否かについての前例は見当たりません。①出資持分の払戻しも②残余財産の分配にも与かれないわけですから、財産分与の対象とはならないとの考え方もあるでしょうが、私としては、医療法人に蓄積された財産を理事報酬という形で分配を受け続けることができるのですから、全く財産分与の対象とならないというのはおかしいのではないかと思います。

(弁護士 井上元)