内縁関係解消による建物明渡し請求

婚姻中における明渡し請求

 夫婦が、未だ離婚していないとき、自分が所有する建物に居住している相手方配偶者に対する明渡し請求は原則として認められません。

 例えば、東京地裁平成3年3月6日判決は、「夫婦は同居し互いに協力扶助する義務を負うものであるから(民法752条)、夫婦の一方は、その行使が権利の濫用に該当するような事情のない限り、他方の所有する居住用建物につき居住権を主張することができるものと解される。」と判示しているところです。ただし、同事件では、「原告と被告とは平成元年11月13日以降別居状態にあることからしてその間の婚姻生活は既に破綻状態にあるものと認められ、今後の円満な婚姻生活を期待することはできないものといわざるを得ず、しかも、右に認定した事実によれば右婚姻生活を破綻状態に導いた原因ないし責任は専ら被告にあることが明らかというべきである。以上の認定判断に徴すれば、本訴において被告が本件建物についての居住権を主張することは権利の濫用に該当し到底許されないものといわなければならない。」として、原告妻の被告夫に対する建物明渡し請求を認めています。

 また、最高裁平成7年3月28日判決は、夫の経営する会社の妻に対する建物明渡し請求は権利濫用に当たる可能性があるとし、東京地裁平成26年8月7日判決も夫の経営する会社の妻に対する建物明渡し請求を棄却しています。

内縁関係解消と建物明渡し請求

 それでは、内縁関係解消を理由とする建物明渡し請求についてはどのように考えられるでしょうか?

 この点につき幾つかの裁判例がありますのでご紹介します。

東京地裁平成15年4月18日判決

 内縁関係の成立および破綻を認定したうえで、「被告(内縁の妻)による本件建物使用は、原告(内縁の夫)との内縁関係を前提とするものであることが明らかであるので、この内縁関係の破綻に伴い、被告は原告に対し、本件建物を退去し、明渡義務を負うというべきである。」と明渡し請求を認めました。ただし、内縁関係解消の原因は原告(内縁の夫)にあるとして、被告(内縁の妻)の慰謝料請求300万円を認めました。

東京地裁平成18年3月30日判決

 婚約関係にあったことは認め、内縁関係については否定し、建物明渡し請求につき次のように判示して明渡し請求を認めました。

「(3)そこで、進んで検討するに、被告は、本件使用借には、内縁関係の維持継続という使用目的が定められており、目的終了というには、財産的給付が提供されるべきである旨主張する。

確かに、一般論として、建物の使用貸借契約に、内縁関係維持継続のための居住という使用目的が存した場合、内縁関係が破綻したとしても、直ちにその使用目的が終了すると解するのは相当ではない。内縁関係の破綻も、居住建物からの退去も、その居住者の人生に大きな影響を及ぼす事柄であるから、真に破綻したのか否かの確認が必要であるし、内縁関係解消の財産的精算に関し司法判断を受けるという権利利益保護の機会が実質的に確保されるべきである。そうすると、内縁関係の維持継続のための居住には、内縁関係が危殆に瀕した際の修復活動はもとより、解消の方向に向けた紛争中の居住も、その使用目的に含まれ、解決に必要な相当期間、貸主は返還を請求することはできないと解するのが相当である。

 しかしながら、交渉や訴訟等紛争解決に必要な相当期間使用借が継続することを超えて、現実に財産的給付が提供されなければ使用目的は終了しないというのは、一方に偏した考えで、法的理由がなく採用できない。財産給付が伴わなければ、返還請求が権利濫用等になる旨の主張も、同様に採用できない。

 これを本件においてみるに、既に述べたとおり、原告と被告との関係は、これを内縁関係ということはできないものの、婚約解消が合意されないまま、性的関係等を含めた交際が長期間継続するという特殊な関係にあったといえ、原告は、被告の住居を確保し、被告との男女関係を維持するため被告に対し本件建物の使用を認めたということができるのであるから、その使用目的に原被告間の関係解消に関する紛争解決期間の居住が含まれると解すべきである。

 したがって、原告が被告に対し、本件使用借の解約を告知したからといって、直ちに返還義務が生じ、賃料相当損害金が発生するということにはならない。

(4)そして、前記認定のとおり、原告と被告は、遅くとも平成13年7月以来性的関係を持っておらず、平成15年7月に被告は原告に対し、原告の部屋の鍵を返し、同年8月には弁護士に依頼した本件訴訟提起前の事前交渉が開始していることからすると、本件口頭弁論期日の終結時には、原告と被告との間の関係の解消に関して訴訟等により紛争を解決する間の居住に必要な相当期間は経過したというべきである。

(5)原告は、本件訴訟係属中、被告に対し、常時本件使用借の解約を告知していたというべきであるから、本件口頭弁論終結時において、本件使用借は終了したことになる。

(6)そうすると、本訴請求は、本件建物の明渡しを請求する部分及び所有侵害を理由とする賃料相当損害金の請求のうち、本件口頭弁論終結の日の翌日以降本件建物明渡し済みまでの期間につき理由がある。」

 同事件では、被告の原告に対する慰謝料請求が1000万円認められています。

東京地裁平成18年7月27日判決

 次のように判示して建物明渡し請求を認めました。

「本件建物は、原告が賃借して、その占有権限を有するものであり、被告は、その了承を得て無償で同居していたにすぎないものといわざるを得ないから、原告がその退去を求めている以上は、被告には退去義務が生じることになる。

 被告は、原告と被告の関係は、交際当初から結婚を前提としており、婚約関係が成立していたのであるから、本件建物明渡請求を始めとする原告の行為は婚約不履行に該当する旨主張する。しかしながら、両当事者間に婚約関係や内縁関係が成立していたことについては、被告がその旨述べる以外には、これを裏付ける客観的証拠は何ら存在しないので、これを否定する原告の供述等をも勘案すれば、被告の主張をたやすく採用することはできない。また、仮に一旦は婚約関係等が成立していたと仮定しても、そのことと本件建物の居住権原は別の問題というべきであり、一旦は婚約関係が成立したことによって、被告に本件建物に対する占有権原が生じるものではなく、原告と被告との関係がその後破綻し、原告が被告に対し退去を求めている以上は、被告に本件建物に居住する権原がないこと自体には何ら変わりはないから、被告の主張はそもそも失当というほかない。また、被告は、原告から本件建物に一生住んでいてよいと言われたこともある旨主張するが、この点についても、被告の供述以外にこれを裏付ける証拠は存在しないし、いずれにしても交際中にこのような言辞があったとしても、それをもって、関係が破綻した後も居住を認める法的権原を、原告が被告に対し付与する意思であったと認めることはできない。」

東京地裁平成18年12月20日判決

 次のように判示して明渡し請求を棄却しました。

「原告と被告間においては平成15年1月には内縁関係が解消されたものと認められるところ、本件マンションの使用に関しては原被告間において明確な合意があったとは認められないものの、被告は、平成15年1月以降、両親との同居もできないことから本件マンションを使用していること、原告は、被告に対し、平成15年4月に書面をもって明け渡しを求めたことがあるものの、平成16年10月に至るまで積極的に明け渡しを求める行動をとったことはないこと、その間原告は、A(※原告と被告間の子)の養育費を払っていないこと、また被告も養育費の支払いを求めたといった事情もないこと、本件マンションの明け渡し交渉において、被告が本件マンションを買い受けた場合には、原告から支払われる養育費をもって、被告が負担するローンの返済の原資の一部になることも考慮されており、本件マンションの使用が養育費の支払いと関係がないものとはいえないことからすると、原被告間には、原告において、Aを監護する被告に対し、Aの養育費の支払いにかわるものとして、その扶養を要する期間、本件マンションの使用権限を黙示的に認めたものと認められる。」

コメント

 まず、内縁関係が成立していたとの判断が前提となります。

 内縁関係が成立している場合、内縁関係解消後に建物からの退去を求めるには、内縁関係解消および付随条件等についての話し合いが必要ですから、そのための合理的な期間が経過するまでは一方的な退去請求は認められないものと思われます。

(弁護士 井上元)