別居親の面会交流権は憲法上保障されているか?

離婚等により夫婦が別居した後、別居親の子との面会交流をめぐって争いとなることも多いのですが、面会交流権が憲法上保障された権利か否かについても争いがあります。

この点、東京高裁令和2年8月13日判決は、別居親の面会交流権が憲法上保障されているとはいえないと判断しています。同判決は、別居親の面会交流を実質的に保障する立法をしなかったことが違法であると主張して提起された国家賠償請求の事案です。

参考となりますのでご紹介します。判決では、憲法26条、児童の権利に関する条約及び憲法98条2項、憲法14条1項に関しても判断されていますが、憲法13条及び憲法24条2項に関する部分を引用します。

東京高裁令和2年8月13日判決・判例時報2485号27頁

憲法13条に基づく主張について

控訴人らは、面会交流権は、子の利益の実現としての側面をも併せ持つ、別居親が面会交流を求める権利であり、ここで「面会交流」とは、「夫婦が離れて暮らすことになってからも、一緒に暮らしていない親と子どもが定期的、継続的に交流を保つこと」、「夫婦が離婚などにより離れて暮らすことになってからも、一緒に暮らしていない親と子どもが会ったり、電話や手紙などで定期的、継続的に交流を保つこと」であるから、面会交流権は権利としての一義的明確性を有しており、憲法13条により保障されていると主張する。

しかし、引用にかかる原判決第3の1(5)において説示したとおり、そもそも、面会交流の法的性質や権利性自体について議論があり、別居親が面会交流の権利を有していることが明らかであるとは認められないから、控訴人らの主張する別居親の面会交流権が憲法上の権利として保障されているとはいえない。

憲法24条2項に基づく主張について

控訴人らは、憲法24条2項は、離婚並びに婚姻及び家族に関する事項について、個人の尊厳に立脚して法律を制定することを義務付けるところ、民法上、離婚や別居により一方の親の親権・監護権が制限されることが前提とされ、事実上も、別居後は同居親の協力なくして幼少期の子どもと会えなくなることが容易に想定されるにもかかわらず、面会交流を保障する法整備を行っていないのは、法の不備にほかならないと主張する。

婚姻及び家族に関する法制度を定めた法律の規定が憲法13条、14条1項に違反しない場合に、更に憲法24条にも適合するものとして是認されるか否かは、当該法制度の趣旨や同制度を採用することにより生ずる影響につき検討し、当該規定が個人の尊厳と両性の本質的平等の要請に照らして合理性を欠き、国会の立法裁量の範囲を超えるものとみざるを得ないような場合に当たるか否かという観点から判断すべきものとするのが相当である(最高裁平成27年12月16日大法廷判決・民集69巻8号2586頁参照)。

しかるに、別居親と子との面会交流については、民法766条により、子の監護に関する事項として、子の利益を最も優先して考慮して父母の協議で定めるものとされる一方で、協議により定めることができないときは、家庭裁判所がこれを定めることとされており、家庭裁判所に、監護親に対し別居親と子の面会交流をさせるよう命じる審判の申立てをすることができ、また、当該審判において監護親が命じられた給付の特定に欠けることがない場合には、当該審判に基づき間接強制をすることができるものとされている(最高裁平成25年3月28日第一小法廷決定・民集67巻3号864頁)。面会交流に関する以上の法制度は、別居親と子との面会交流が不当に制約されることがないようにされているものといえ、個人の尊厳と両性の本質的平等の要請に照らして合理性を欠くものとはいえないから、控訴人らの主張は理由がない。

(弁護士 井上元)