婚姻関係が破綻した後に配偶者と肉体関係を持った第三者の他方配偶者に対する不法行為責任に関する最高裁判所平成8年3月26日判決

 最高裁昭和54年3月30日判決は、夫婦の一方の配偶者と肉体関係を持った第三者は他方の配偶者に対して慰謝料を支払う義務を負うと判示しましたが、夫婦の関係が既に破綻していた場合には慰謝料を支払う義務を負いません。

 最高裁第3小法廷平成8年6月26日判決は「甲の配偶者乙と第三者丙が肉体関係を持った場合において、甲と乙との婚姻関係がその当時既に破綻していたときは、特段の事情のない限り、丙は、甲に対して不法行為責任を負わないものと解するのが相当である。けだし、丙が乙と肉体関係を持つことが甲に対する不法行為となるのは、それが甲の婚姻共同生活の平和の維持という権利又は法的保護に値する利益を侵害する行為ということができるからであって、甲と乙との婚姻関係が既に破綻していた場合には、原則として、甲にこのような権利又は法的保護に値する利益があるとはいえないからである。」と判示しています。

 上記最高裁平成8年6月26日判決は次のような事案で婚姻関係は破綻していたと判断しています。

  1. 妻と夫とは昭和42年5月に婚姻の届出をした夫婦であり、同43年5月に長女が、同46年4月に長男が出生した。
  2. 妻と夫との夫婦関係は、性格の相違や金銭に対する考え方の相違等が原因になって次第に悪くなっていったが、夫が昭和55年に身内の経営する婦人服製造会社に転職したところ、残業による深夜の帰宅が増え、妻は不満を募らせるようになった。
  3. 夫は、妻の右の不満をも考慮して、独立して事業を始めることを考えたが、妻が独立することに反対したため、昭和57年11月に株式会社A(以下「A」という)に転職して取締役に就任した。
  4. 夫は、昭和58年以降、自宅の土地建物をAの債務の担保に提供してその資金繰りに協力するなどし、同59年4月には、Aの経営を引き継ぐこととなり、その代表取締役に就任した。しかし、妻は、夫が代表取締役になると個人として債務を負う危険があることを理由にこれに強く反対し、自宅の土地建物の登記済証を隠すなどしたため、夫と喧嘩になった。妻は、夫が右登記済証を探し出して抵当権を設定したことを知ると、これを非難して、まず財産分与をせよと要求するようになった。こうしたことから、夫は妻を避けるようになったが、妻が夫の帰宅時に包丁をちらつかせることもあり、夫婦関係は非常に悪化した。
  5. 夫は、昭和61年7月ころ、妻と別居する目的で家庭裁判所に夫婦関係調整の調停を申し立てたが、妻は、夫には交際中の女性がいるものと考え、また離婚の意思もなかったため、調停期日に出頭せず、夫は、右申立てを取り下げた。その後も、妻がAに関係する女性に電話をして夫との間柄を問いただしたりしたため、夫は、妻を疎ましく感じていた。
  6. 夫は、昭和62年2月11日に大腸癌の治療のため入院し、転院して同年3月4日に手術を受け、同月28日に退院したが、この間の同月12日に夫名義で本件マンションを購入した。そして、入院中に妻と別居する意思を固めていた夫は、同年5月6日、自宅を出て本件マンションに転居し、妻と別居するに至った。
  7. 相手方女性は、昭和61年12月ころからスナックでアルバイトをしていたが、同62年4月ころに客として来店した夫と知り合った。相手方女性は、夫から、妻とは離婚することになっていると聞き、また、夫が妻と別居して本件マンションで1人で生活するようになったため、夫の言を信じて、次第に親しい交際をするようになり、同年夏ころまでに肉体関係を持つようになり、同年10月ころ本件マンションで同棲するに至った。そして、相手方女性は平成元年2月3日に夫との間の子を出産し、夫は同月8日にその子を認知した。

 婚姻関係が破綻していたか否かの判断は難しいところであり、個別の事案に応じて判断せざるを得ませんが、最高裁が破綻していることを認めた上記事実関係が参考となるでしょう。

(弁護士 井上元)