モラハラ夫から逃げ出した妻に同居義務はあるのか?

モラハラ夫から逃げ出した妻の方が、夫から「夫婦には同居義務はあるのだから、戻って来なければ違法だ」と言われることがあります。これは本当でしょうか?

同居義務とは?

「夫婦は同居し、互いに協力し扶助しなければならない。」と定められており(民法752条)、婚姻共同生活を維持する基本的な義務です。

夫婦の同居義務はこの規定により認められており、同居義務違反は離婚原因となり(民法770条1項2号~悪意の遺棄)、離婚慰謝料の理由ともなります。

同居命令

夫婦の同居をめぐる紛争の処理については、まず同居を求める配偶者が家庭裁判所に調停を申し立て、調停による話し合いが行われます。そして、調停による話合いがつかなければ、審判により判断されることになります。

裁判所が同居義務を認める場合には、別居している配偶者に対し、審判で同居を命じます(家事事件手続法39条別表第2)。

同居義務の有無の判断基準

別居についての正当な理由

同居義務が認められるか否かは、別居していることに正当な理由があるか否かによって判断されるのが通例です。

別居していることに正当な理由があるか否かの基準については次の2つの考え方がありますが、実際は、両方の要素を総合考慮して判断されているものと思われます。

① 別居についての有責性を基準とする

例えば、夫婦の一方が不貞をはたらいて家に帰らなくなり別居状態になっている場合、不貞をはたらいた者の同居義務を認める方向になります。

② 婚姻関係の破綻の程度を基準とする

例えば、別居についてどちらかに一方的な責任があるとはいえないが、夫婦仲が悪くなって同居生活に耐えられなくなったため別居した場合、破綻の程度により判断されることになります。

円満な婚姻生活の回復可能性

一方、上記基準ではなく、諸般の事情を考慮して具体的な同居義務の有無を形成することができるかどうか(円満な婚姻生活の回復が可能かどうか、同居を命じることが個人の尊厳を損なうかどうか)によって判断している裁判例もあります。

頭書の事例

頭書の事例で、妻が夫からモラハラを受けており、同居することが耐えられないような状況であるなら、当然、同居義務は否定されるはずです。

また、モラハラとは言えなくとも、不和が続き、妻が離婚を決意して別居した場合でも、通常、同居義務は否定されるものと思われます。

同居義務に関する裁判例

同居義務を否定した事例

大阪高裁昭和49年6月28日決定・家庭裁判月報27巻4号56頁

妻が夫に同居を求めた事案です。

高裁は、「夫婦の一方が他方よりの同居請求を拒絶するについては、もとより正当の事由を要するが、この正当事由は夫婦間の愛情の冷却、当事者一方の同居意思の欠如、その他の事由のため到底円満な共同生活を期待できないような状況にあるときは、夫婦のいずれもこれを理由として同居を拒絶することができると解すべきである。」としたうえで、本件では、夫が約10年前から他の女性と同棲し、その間に4人の子をもうけ、現在では強く離婚を希望しており、全く同居の意思もないことが明らかであるから、同居を命じてみても、到底円満な夫婦生活を期待できないと認められるから、同居を命じた原審判は不当であるとして取り消し、申立てを棄却しました。

東京家裁昭和50年4月7日審判・家庭裁判月報28巻2号90頁

夫婦同居審判は、夫婦が夫婦である実体を有するとの前提のもとに、その生活の本拠の態様につき裁判所が後見的立場から具体的方法を定める非訟事件の裁判であると解せられるから、当該夫婦間に既に夫婦である実体がないときは、夫婦同居の審判をなす前提を欠くとして申立を却下しました。

札幌家裁平成10年11月18日審判・家庭裁判月報51巻5号57頁

夫が妻に相手方として夫婦同居の審判を求めた事案において、同居を命ずる審判は、夫婦を同居させて円満な夫婦関係を再構築させることを究極の目的とする家庭裁判所の後見的処分の一環であり、夫婦の同居義務は、その性質上任意に履行されなければならず、履行の強制は許されないから、同居を命ずる審判が相当といえるためには、同居を命じることにより同居を拒んでいる者が翻意して同居に応じる可能性が僅かでもあると認められることが必要であるとした上で、妻の離婚の意思及び同居を拒否する意思は極めて強固なものであり、翻意して申立人との同居に応じる可能性はないとして、申立てを却下しました。

東京高裁平成13年4月6日決定・家庭裁判月報54巻3号66頁

「夫婦の同居義務は、夫婦という共同生活を維持するためのものであるから、その共同生活を維持する基盤がないか又は大きく損なわれていることが明白である場合には、同居を強いることは、無理が避けられず、したがって、その共同生活を営むための前提である夫婦間の愛情と信頼関係が失われ、裁判所による後見的機能をもってしても円満な同居生活をすることが期待できないため、仮に、同居の審判がされ、当事者がこれに従い同じ居所ですごすとしても、夫婦が互いの人格を傷つけ又は個人の尊厳を損なうような結果を招来する可能性が高いと認められる場合には、同居を命じるのは相当でないと解される。」とし、本件では、「抗告人と被抗告人との関係、互いの感情等に徴すると、仮に、被抗告人に対し、同居を命ずる審判がされたとしても、抗告人と被抗告人とが、その同居により互いに助け合うよりも、むしろ一層しきりに互いの人格を傷つけ又は個人の尊厳を損なうような結果を招来する可能性が極めて高いと認められるので、被抗告人に対し、同居を命じることは相当でないといわざるを得ない。」として申立を却下した原審判を維持しました。

大阪高裁平成21年8月13日決定・家庭裁判月報62巻1号97頁

次のように述べて、別居中の夫に対する妻からの同居申立てを認めた原審判(大阪家裁堺支部平成21年3月13日審判・家庭裁判月報62巻1号100頁)を取り消して申立てを却下しました。

「⑴ 上記の事実経緯によれば、別居状態に至ったのは、主に夫の不貞行為にその原因があると認められる。ところで、妻は、夫と同居を再開すれば、円満な家庭生活が回復すると述べて夫を受け入れる姿勢を示しており、また、夫がCとの交際を再開し、ほとんど妻のもとに帰らずに外泊するようになってから1年9か月程度が、全く帰宅しなくなってからは1年数か月が経過したにすぎない。したがって、夫の不倫が発覚した後、妻においてかなり激しい言動があったことは否定できないとしても、今後の夫の妻に対する接し方と妻の努力に期待して、夫婦関係の修復は、なお可能であるとし、夫に対して同居を命じた原審の判断は、必ずしも不当であったとまではいえない。

⑵ ところで、夫と妻は、婚姻中であり、互いに同居義務を負っている(民法752条)。そして、家庭裁判所の同居審判は、この同居義務の存在を前提として、その具体的内容を形成するものであるが(最高裁大法廷昭和40年6月30日決定 民集19巻4号1089頁参照)、同居義務は、夫婦という共同生活を維持するためのものであることからすると、共同生活を営む前提となる夫婦間の愛情と信頼関係が失われ、仮に、同居の審判がされて、同居生活が再開されたとしても、夫婦が互いの人格を傷つけ又は個人の尊厳を損なうような結果を招来する可能性が高いと認められる場合には、同居を命じるのは相当ではない(東京高裁平成13年4月6日決定 家庭裁判月報54巻3号66頁参照)。

⑶ 妻は、いったん夫がCと別れることにした後も、夫に対して不倫を責め立て、これが原因で激しい口論となることもあったことなどから、夫は、妻とのこれ以上の婚姻生活の継続は不可能であると考えるようになった。また、妻は、自分が納得できないことがあると、激情して取り乱すなど、衝動的な行動をとったり、夫が勤務する小学校に行って、夫が不倫をして帰宅しないなどと話したりしたことがあり、夫は今後もこのようなことが繰り返されるのではないかと考えている。そして、このような夫の考えは、同居を命じる原審判がされた後も変わらず、抗告理由では、妻と同居することは夫にとって精神的に耐えがたいものであって、夫婦関係の修復は不可能であると断言している。また、当事者双方から円満同居に向けた具体的な提案がされたことを窺わせる資料もない。そうすると、夫が審判(決定)に基づいて任意に同居を再開することはほとんど期待できず(同居審判の性質上、履行の強制は許されない。)、仮に、同居を再開してみたところで、夫婦共同生活の前提となる夫婦間の愛情と信頼関係の回復を期待することも困難であり、かえって、これによって、互いの人格を傷つけ又は個人の尊厳を損なうような結果を招来する可能性が高いと認められる。したがって、現時点において、夫に対し、同居を命じることは相当ではない。」

福岡高裁平成29年7月14日決定・判タ1453号121頁

次のように述べて、別居中の妻に対する夫からの同居申立てを条件付きで認めた原審判(佐賀家裁平成29年3月29日審判・判例時報2383号33頁)を取り消して申立てを却下しました。

「⑴ 妻と夫は夫婦である以上、一般的、抽象的な意味における同居義務を負っている(民法752条)。しかしながら、この意味における同居義務があるからといって、婚姻が継続する限り同居を拒み得ないと解するのは相当でなく、その具体的な義務の内容(同居の時期、場所、態様等)については、夫婦間で合意ができない場合には家庭裁判所が審判によって同居の当否を審理した上で、同居が相当と認められる場合に、個別的、具体的に形成されるべきものである。そうであるとすれば、当該事案における具体的な事情の下において、同居義務の具体的内容を形成することが不相当と認められる場合には、家庭裁判所は、その裁量権に基づき同居義務の具体的内容の形成を拒否することができるというべきである。そして、同居義務は、夫婦という共同生活を維持するためのものであることからすると、共同生活を営む夫婦間の愛情と信頼関係が失われる等した結果、仮に、同居の審判がされて、同居生活が再開されたとしても、夫婦が互いの人格を傷つけ、又は個人の尊厳を損なうような結果を招来する可能性が高いと認められる場合には、同居を命じるのは相当ではないといえる。そして、かかる観点を踏まえれば、夫婦関係の破綻の程度が、離婚原因の程度に至らなくても、同居義務の具体的形成をすることが不相当な場合はあり得ると解される。

⑵ ア 本件において、もともと妻が夫との別居を開始したのは、夫の両親との不和に原因があったものと思われるが、その後、夫との話合いが繰り返される中で、その内容が、夫実家での同居、別の場所での同居、離婚といった経緯をたどるうち、上記離婚訴訟の判決に至るまでの間に、妻の夫に対する不信感、嫌悪感が強まっていき、前記のとおり、現時点で、妻は、適応障害の症状を呈しており、そのストレッサーとされるのが夫であることは明らかである。この点、夫は、自身はストレッサーではなく、夫との紛争状態こそが妻のストレス原因であると主張する。しかしながら、妻について、調停において夫と同席した際にのみ身体症状が現れていることなども踏まえると、紛争状態の継続が妻の適応障害の背景にあることは否定できないとしても、ストレッサーとなっているのは、夫自身あるいは夫との関わりであるというべきである。また、夫が作成している書面の内容からは、夫において、面会交流のあり方を含めた長女との交流について強いこだわりを有していること、それが、長女を監護している妻との同居を求める大きな動機になっている様子はうかがわれるものの、妻自身の体調などに対する労りといった心情などはうかがわれず、夫が、妻から嫌悪されていることを自覚している様子がうかがわれる。

イ かかる事情を踏まえると、妻について、あらかじめ薬を服用することで適応障害の症状を抑えることができる可能性はあるとしても、そのようにしてまで夫との同居生活を再開したところで、妻において、早晩、服薬によって症状を抑えることも困難となり、再度別居せざるを得なくなる可能性は高いということができ、上記夫の作成した書面の内容や、これまで当事者双方が互いに批判的で疑心暗鬼の状態にあることに照らすと、そのような事態に至った時に、夫から妻に対し、適切な配慮がされるとは思われず、相互に個人の尊厳を損なうような状態に至る可能性は高いといわざるを得ない。

⑶ また、本件においては、妻が提起した離婚訴訟において、いまだ婚姻を継続し難い重大な事由があるとまでは認められないとして妻の請求を棄却する判決が平成28年○月○日に確定しているものの、控訴審判決は上記の別居期間が、妻と夫において共に生活を営んでいくのが客観的に困難になるほどの長期に及んだものとはいえないとし、婚姻関係の修復の可能性がないとまではいえないことから妻の離婚請求を棄却したにとどまるものであって、妻と夫の婚姻関係は、上記判決の時点でも既に修復を要するような状態にあったことは、明らかである。そして、控訴審における弁論終結の時点で、婚姻期間中の同居期間が約3年10か月であるのに対し、別居期間は約2年7か月に及んでおり、その後、妻の夫に対する不信感等は、夫自身をストレッサーとして適応障害の症状を呈するほどに高まっている。そうすると、妻と夫の夫婦関係の破綻の程度は、離婚原因といえる程度に至っていないとしても、同居義務の具体的形成をすることが不相当な程度には至っていたというべきである。

⑷ 以上に述べた諸事情を踏まえると、現時点において、妻と夫について、同居義務の具体的内容を形成するのは不相当と認められる状況にあるということができる。原審判は、妻に対し、夫による住居地の確保という条件付きで同居を命じたものであり、その調整の間に夫婦関係が改善することを期待したものと解されるが、原審判の主文に定める住居地の確保自体は、終局的には夫が独断で決定することが可能なものであり、その決定に当たり当事者間で話合いが十分に行われる保証はなく、そのような場合に両者の関係改善が見込めるとはいい難いのであるから、かかる条件付きであっても、やはり現時点で、妻に対し、夫との同居を命じるのは相当ではない。夫自身が、妻について、治療を行って心と体の健康を取り戻し、まずは普通に話せるように治ってから今後のことを一緒に考えてもらえないか相談させていただけないかとも述べている(平成29年○月○日付け主張書面○○頁)ことも踏まえると、妻に身体症状まで現れている現時点においては、当面は妻の心身に配慮してその意向を尊重し、別居状態を維持した上で、長女の面会交流等を円滑に行う中で、徐々に夫婦間の信頼関係を醸成していくといった形で、円満な夫婦関係の回復の道を探るのが相当と思料される。」

同居義務を肯定した事例

東京家裁昭和56年4月28日審判・家庭裁判月報33巻12号59頁

精神病歴のある兄をもつ夫との間のわだかまりなどから、離婚まで求めるに至った妻を相手方として、紛争回避のために一時家を出た夫が申立てた夫婦同居申立事件について、妻には夫の帰宅を拒否する理由はなく、離婚を回避しようとする夫の忍耐と努力による夫婦関係の回復を期待するとして、申立てを認容しました。

大阪高裁昭和62年11月19日決定・判例時報1283号107頁

夫から妻に対する同居請求の申立てを婚姻の破綻を理由として却下した原審判に対する抗告審において、夫と妻の父との不和などの別居に至った事情にも鑑みれば、婚姻関係が全く破綻しているとまでは言えず、妻に同居拒否の正当事由は認められないとして、原審判を取り消したうえ、いかなる形態における同居が民法752条に定める同居の趣旨に適合するかを合目的的に判断し、同居を命ずる審判によって当事者間に当該態様における具体的同居請求権ないし同居義務を形成して、具体的婚姻生活の調整を図るため、職権で更に事実調査、証拠調べをしなければならないとして、原審に差し戻しました。

東京高裁平成9年9月29日決定・判例時報1633号90頁

次のように述べて、不倫関係が発覚したため自宅を飛び出して別居した妻に対して、夫からの同居申立てを却下した原審判(新潟家裁平成9年5月2日審判・判例時報1633号90頁)を取り消し、同居を命じました。

「⑴ 夫婦は同居し、互いに協力し扶助しなければならないものである(民法752条)から夫婦の一方が合理的な理由なく住居に同居しないときには他方は、これに対し、同居の審判を求めることができるものというべきである。これを本件についてみてみるに、妻が家を出た直接のきっかけは、妻とAとの不倫が夫に発覚したためであることは前認定のとおりであり、これが家を出て夫との同居を拒否する合理的事由といえないことは明らかであるから、妻には夫との同居義務があるといわなければならない。

⑵ 妻は、①夫の女性問題、②夫と妻との性生活、③風呂場に浮かんだ糞便の処置に象徴される夫の妻に対する思いやりのなさ、④夫の親族との糺轢を指摘して、上記不倫に至る以前に既に夫との離婚を決意していたものであるから、離婚が成立するまでの間、別居するのもやむをえないものであり、不倫の発覚が直接の原因ではない旨主張する。しかしながら、夫の女性問題は、昭和51年ころのことであって、そのころに夫と妻との間で特段離婚の話が切り出された形跡は窺われず、その後に三女Bを設け、夫の単身赴任中にも特に夫婦関係が悪化した事実もなく、妻とAとの不倫が発覚した平成7年7月までの約14年間にわたり通常の家庭生活が営まれているうえ、妻が、上記①ないし④の不満を夫やその他周囲の者に漏らしたような形跡のない本件では、妻の指摘する①ないし④の不満は、Aとの不倫発覚後に妻が夫との離婚を意識し始めてから、夫との婚姻生活を想起して理由付けたものと推認せざるを得ず、妻の別居に合理性があるとは到底認められない。

⑶ なお、妻が、現在夫との離婚を前提に、夫との同居を頑に拒んでいることは前認定のとおりであるところ夫婦の同居義務は夫婦という共同生活体を維持するためのものであるから、その共同生活体が維持できないことが明白である場合には、同居を強いることは無意味であるが、夫は未だ妻との関係修復を願っており、妻が冷静に自己の立場をみつめて、これに対応すれば、夫と妻との夫婦としての共同生活体が今後も維持される可能性は否定できず、本件同居義務を認めることが無意味であるということにはならない。」

東京高裁平成12年5月22日決定・判例タイムズ1092号263頁

次のように述べて、別居中の妻に対する夫からの同居申立てを却下した原審判を取り消して同居を命じました。

「民法752条は、夫婦は同居し、互いに協力し扶助しなければならないと規定しているところ、夫婦の同居は、夫婦共同生活における本質的な義務であり、夫婦関係の実を挙げるために欠くことのできないものであるから、同居を拒否する正当な事由がない限り、夫婦の一方は他の一方に対し、同居の審判を求めることができると解すべきである。

これを本件についてみると、妻は、婚姻後、夫の言動を嫌悪していたものであり、現時点において夫と同居する意思はない旨を明言しているところ、夫において自己の言動を反省し、妻の心情を理解しようとする姿勢が欠けていたことは明らかであり、結局、そのことが夫の家出、別居の大きな原因であったということができる。しかし、夫の側に暴力等の非行は全くなく、妻が嫌悪する夫の身勝手な言動というのは抽象的であり、具体的なエピソードとして妻が指摘する点も、個別的に見れば夫婦関係に深刻な影響を生じさせるようなものとは認め難いし、夫において是正することも不可能なことではない。また、夫は、旅行や帰省に関する妻の希望を聞き入れるなど、自分なりに家庭を崩壊させないよう努めてきており、同居中はもちろん、別居後も妻に生活費を送金しているものであり、妻も、生活費が送金されている現状においては、離婚まで求める考えはない旨を述べているし、夫の肩書住所の近くに居住し、調停委員の勧めに従って食事を共にするなど、夫を避けようとしてはいない。さらに、妻は、松子が高圧的な態度で接する夫を嫌っていることを別居の理由として挙げているが、このような事情は通常の親子関係においても数多く見受けられることであり、家族が同居する上でそれほど重視すべきものとは思われない。

以上の認定に加え、別居期間がそれほど長期に及んでいないことも考慮すると、夫と妻の婚姻関係は、いまだ回復することができない程度に破綻しているということはできないし、妻が夫の肩書住所で夫と同居することの障害となるような顕著な事情を見いだすこともできない。夫の言動が妻や松子に不快感と嫌悪感を与え、夫においてそのことを改めようとしなかったことが、別居の大きな原因になっていることは否定できないが、それ以上に、夫婦は互いに協力し扶助するという姿勢を放棄し、自分本位に振る舞ってきた妻の態度が、今日の事態を招いたといわざるを得ない。以上によれば、妻において夫の肩書住所で夫と同居することを拒否する正当な事由があると認めることはできないから、夫は、妻に対し、同居の審判を求めることができると解するのが相当である。したがって、妻は、夫の求める同居に応じた上で、当事者双方が、これまでの自分本位な考えや態度を改め、相手方の心情を思いやりながら協力していくよう努めるべきである。」

大阪高裁平成17年1月14日決定・家庭裁判月報57巻6号154頁

不貞を繰り返す別居中の夫に対して妻から同居を求めた事件の即時抗告審において、婚姻の維持継続の見込みが否定されず、同居を命ずることが公平の観念や個人の尊厳を害しないとみられる場合には、家事審判により具体的な同居義務を定めることができると解されるとしたうえ、婚姻期間が25年余りの長きにわたっており、それとの比較で別居期間が短く、妻が夫との同居を求めているという状況にかんがみれば、婚姻の維持継続の見込みが完全に否定される状況にあるとは断定できないし、同居を命ずることが公平の観念や個人の尊厳を害するとまではいえないとして、妻の申立を認容した原審判を維持しました。

(弁護士 井上元)