離婚につき、悪意の遺棄、夫の不貞、清算的財産分与の基準時、退職金・確定拠出年金の財産分与性、扶養的財産分与としての賃貸などが判断された事例

 名古屋高裁平成21年5月28日判決(判例時報2069号50頁)は、夫の悪意の遺棄(民法770条1項1号)及び不貞(同項2号)などを理由に離婚を認容するとともに、財産分与につき、清算的財産分与の基準についての一般論、退職金・確定拠出年金の財産分与性、妻の夫に対する金銭給付、更に、扶養的財産分与として夫に妻に対するマンションの賃貸を命じるなど多くの争点について判断しています。

 実際の離婚事件では、夫婦の双方から上記事案のように多くの争点が提出され、糸をほぐすように分析していく必要があります。どのような点が争いとなり、どのような判断がなされるのか参考になる事案ですのでご紹介しましょう。

【双方の請求】

 まず、夫は、(1)妻には性格の偏向、夫に対する愛情の喪失、夫の両親との不仲等があり、民法770条1項5号所定の離婚事由に該当すると主張して、妻との離婚を請求するとともに、(2)長女の親権者の指定と、(3)財産分与として、本件マンションの妻の共有持分(全体の1000分の117)の移転登記手続をするよう申し立てました。

 これに対し、妻は、(1)夫は、不貞行為をし、正当な理由もなく別居して、妻を遺棄したから、民法770条1項1号、2号所定の離婚事由があると主張して、夫との離婚及び損害賠償を請求するとともに、(2)長女の親権者の指定及び養育費の支払と、(3)財産分与及び年金分割を申し立てました。

【判決内容】

1 離婚及び妻の損害賠償請求について

 判決は、夫は、遅くとも平成15年6月頃以降、氏名不詳の相手と不貞関係にあって、本件婚姻関係は、もっぱらこれによって破綻しており、将来にわたり容易に回復し難い状態にあると認められる、また、夫は、正当な理由なく本件別居を行なったものであって、これは、妻に対する悪意の遺棄に当たるというのが相当であるとし、民法770条1項1号、2号及び5号所定の各離婚事由があると認められるから、夫婦双方の離婚請求を認めました。ちなみに、悪意の遺棄が認められた裁判例は珍しいものです。また、夫の持ち物からラブホテルの多数の割引券やカード等が発見されたことにより、夫の不貞を認定しています。

 そして、夫に、妻に対して慰謝料400万円を支払うよう命じました。

2 親権者・養育費

 未成年者の親権者については、母親である妻を親権者に指定し、養育費の支払いを命じました。

3 年金分割

 「年金分割のための情報通知書」記載の情報に係る年金分割についての請求すべき按分割合を0.5と定めました。

4 清算的財産分与の基準時

 判決は、清算的財産分与は、夫婦の共同生活により形成した財産を、その寄与の度合いに応じて分配することを内容とするものであるから、離婚前に夫婦が別居した場合には、特段の事情がない限り、別居時の財産を基準にしてこれを行なうベきであり、また夫婦の同居期間を超えて継続的に取得した財産が存在する場合には、月割計算その他の適切な按分等によって、同居期間中に取得した財産額を推認する方法によって、別居時の財産額を確定するのが相当である、と判示しています。

5 退職金及び確定拠出年金の財産分与

 夫の勤務している会社では退職金制度及び確定拠出年金制度が存するところ、これらはいずれも夫が60歳で定年退職する際になって現実化する財産であると考えられるところ、夫は口頭弁論終結時44歳で、定年までに15年以上あることを考慮すると、退職金・年金の受給の確実性は必ずしも明確でなく、またこれらの本件別居時の価額を算出することもかなり困難であることを理由として、本件では、退職金及び確定拠出年金については、直接清算的財産分与の対象とはせず、扶養的財産分与の要素としてこれを斟酌するのが相当である、としました。

6 共有マンションの財産分与

 まず、夫婦共有のマンション(夫の持分1000分の883、妻の持分1000分の117)について、妻名義の1000分の117については妻の特有財産であり、夫の持分1000分の883だけが夫婦共有財産であるとして財産分与の対象となると判断されました。

 そして、(1)夫婦の別居は夫による悪意の遺棄に該当すること、(2)遠い将来における夫の退職金・確定拠出年金を分与対象に加えることが現実的ではないこと、(3)一部が特有財産である本件マンションが存在するところ、このような場合には、本件婚姻関係の破綻につき責められるべき点が認められない妻には、扶養的財産分与として、離婚後も一定期間の居住を認めて、その法的地位の安定を図るのが相当であることを理由とし、結論として、(1)清算的財産分与によって、本件マンションの夫の持分を夫に取得させるとともに、(2)扶養的財産分与として、夫に対し、当該取得部分を、賃料を月額4万6148円、賃貸期間を長女が高校を卒業するまでとの条件で妻に賃貸するよう命じました。

7 清算的財産分与としての金銭給付

 判決は、夫婦共有財産のうち、積極財産の金額は計2855万3203円、消極財産の金額は住宅ローンの2465万2821円であって残額は390万0382円となるから、本件夫婦1人当たりの金額は195万0191円となるとしました。そして、夫が管理する積極財産は計2189万2369円であり、また法律上その支払義務を負う消極財産は、住宅ローンの2465万2821円であるから、前者から後者を控除した残額はマイナス276万0452円となり471万0643円不足し、他方、妻が管理する積極財産は計666万0834円であり、また法律上妻が支払義務を負う消極財産はないから471万0643円超過するので、清算的財産分与として、妻から夫に対する471万0643円の支払を命じました。

8 自動車の所有権移転登録手続

また、財産分与として、夫に対し、妻が使用する自動車の所有権移転登録手続を命じました。

 このように、とりわけ離婚の際の財産分与については複雑な分析が必要になることがありますので、弁護士にご相談されることをお勧めします。

(弁護士 井上元)