離婚慰謝料・財産分与(夫が経営する会社の株式、退職金、ローン付きマンション)につき詳細に判断された事例

 夫が会社を経営している場合、離婚原因はもとより、財産分与をめぐって多くの争点が生じます。

 このような事案において東京地裁平成15年2月26日判決が詳細に判断しており、参考となりますのでご紹介しましょう。

 事案の内容は複雑ですが、要約すると、(1)夫は妻と婚姻届出をする数ヶ月前に会社を設立し相応の発展を遂げた、(2)夫婦はマンションを購入したが住宅ローンがついている、(3)夫による暴力もあった、という事例で、夫婦双方から離婚請求がなされたものです。

 以下、争点ごとに判決内容を紹介します。なお、原告を妻、被告を夫と表記します。

1 妻の慰謝料請求

「ア 妻は、妻・夫の婚姻関係が破綻した原因として、夫の暴力などをるる主張するところ、夫も、過去にそのような事実があったことは否定していないが、・・・・・その暴力は、妻・夫が家庭内別居に至った当時には、夫主張のとおり、自制されていたと認められるので、既に消滅時効期間も徒過し、その消滅時効の援用もされている本件においては、それ以前の暴力を離婚それ自体とは別個の不法行為による慰謝料の対象として考慮することはできない。

イ そこで、離婚それ自体を不法行為の対象とする慰謝料請求の当否として、妻・夫の婚姻関係の破綻に対する双方の帰責事由の有無・程度について検討すると、妻・夫の婚姻関係が破綻した一因として、後に自制されたとはいえ、婚姻当初から繰り返されていた夫の暴力があることは否定できない。しかし、そのような暴力を容認し得ないことはいうまでもないが、夫は、前記したとおり、広場症候群に苛まれる時期があったのに、才覚に恵まれていたため、単に生活の手段を失うことがなかったという消極的な意味ではなく、より積極的な意味で、その開発した教育システムを会社組織として事業化して軌道に乗せ、その病気にもかかわらず、順調に業績を伸ばしていったのである。訴外会社の発展は飛躍的であって、妻・夫の生活水準も、一般的な生活水準を遙かに超えるものであった。

 そのような生活水準の高い夫婦であってみれば、それまでの婚姻関係に危機が訪れても、相互の信頼で自ずと乗り切っていてもおかしくないのに、妻・夫はそうではなく、家庭内別居を経て完全な別居状態に至っているのであって、その原因としては、相互の信頼が欠けていたからと推測せざるを得ない。その欠如の一因として、夫の暴力が妻に与えた影響を否定することはできないが、・・・・・妻は、その被害感情の余り、妻の夫に対する不信感を必要以上に募らせて、夫と協調関係を築き上げようという気持ちを心底から持ち得ないでいたのではないかと推測せざるを得ない。これを夫主張のように嫉妬深い性格というか否かはともかくとして、夫の暴力をその自制後にも執拗に咎め立てして止まない妻の自己中心的な性格の偏りも本件において看て取らないわけにはいかない。

 妻・夫の婚姻関係が破綻した原因としては、妻主張の夫の暴力も、夫主張の妻の性格も、その程度はともかく、これを認めざるを得ないのであって、要は、妻・夫双方に問題があって、夫婦の信頼関係ないし協調関係を築き上げることができなかったにすぎず、妻・夫のいずれか一方にもっぱら又は主として責任があるというのは相当でない。

ウ したがって、妻の本訴請求中、婚姻関係の破綻を原因として、夫に慰謝料の支払を求める部分は、夫に損害賠償責任まで認められない場合であるから、理由がないといわざるを得ない。」

 上記のように述べて判決は妻からの慰謝料請求を否定していますが、「婚姻当初から繰り返されていた夫の暴力があることは否定できない」としながら慰謝料を否定している点には疑問もあります。

2 財産分与(株式)

「妻・夫が・・・・・株式合計5万4100株を保有していることは弁論の全趣旨によって明らかであるが、・・・・・夫保有の株式4万7900株のうち、婚姻前から取得していた600株、これに対する婚姻後の増資などに伴って割り当てられた4200株、夫の母から相続した1万5300株、以上合計2万0100株は夫の特有財産として認められるから、これを除いた合計3万4000株が、夫婦共有財産として、財産分与の対象とされるべきものである。

 この点につき、夫は、その固有の持分として40パーセントを控除すべきであると主張するが、訴外会社の設立及びその後の業績の飛躍的な発展が夫の才覚に多大に依拠していることは否定し得ないとしても、夫婦共有財産の清算という見地からみれば、妻・夫が5分5分の割合で清算するのが妥当であって、夫の主張は採用しない。

 他方、妻は、その分与の方法として、本件株式の時価の2分の1の金銭を夫が妻に支払うことで分与すべきであると主張する(なお、その反面、妻が保有している株式は夫に譲渡することが前提になっているものと解される)が、訴外会社の業績はともかく、市場性がない株式であって、その評価についても、1株当たり、妻が2660円と主張するのに対し、夫が600円と主張する(但し、夫は、現在、金銭による分与までは求めていない。)ように著しく乖離している本件においては、金銭ではなく、現物で分与するのが相当であって、妻の主張も採用することができない。

 したがって、原・夫が夫婦共有財産として保有している株式3万4000株を2分の1ずつの割合で取得するとすると、既に6200株を保有している妻に夫から1万0800株を分与する必要があるから、夫において、当該株式に係る株券の引渡し(但し、株券が発行されていないときは、訴外会社に対する名義書換の手続)をすべきものである。」

 判決は双方が主張する株式の評価額が著しく乖離していることを理由に現物で分割しました。おそらく株価の鑑定がなされなかったため、現物分割を選択せざるを得なかったのではないかと推測されます。妻としては株式を現物でもらっても少数株主にとどまるわけですから意味がありません。財産分与としてお金の支払いを求めるのなら、株価の鑑定を行うべきでした。

3 財産分与(退職金)

「妻は、夫が訴外会社から支給を受け得る退職金の分与を求めるところ、夫は、その申立てが不適法であるという。しかし、退職金は、賃金ないし報酬の後払い的な性質を否定できないのであって、夫が訴外会社から退職金の支給を受けるのが将来の退職時であっても、その支給を受ける退職金のうちには、妻との婚姻関係が破綻する前までの期間に相当する退職金が含まれているので、その全額を夫が取得し得るとするのは相当でなく、妻・夫の離婚時に、退職金請求権それ自体は現実化していないとはいえ、前説示した婚姻関係が破綻する前までの妻のいわば潜在的な持分を清算するのが妥当であることから認められるべきものであって、これを将来請求のようにいう夫の主張は当たらない。

 もっとも、妻・夫の離婚時に妻の潜在的な持分を清算するとしても、夫が将来の退職時に退職金の支給を受けられない事態も予想し得なくはないところ、離婚時の状態を継続していてもなお退職金の支給を受けられるか否か判然としない場合では、妻の潜在的な持分それ自体も観念し得ないということになるから、そのような退職金まで財産分与の対象とすべきものではないが、離婚時の状態を継続していれば退職金の支給を受けられる蓋然性が認められる場合には、その分与を認めるべきものであって、将来、仮に夫に不行跡などが生じて退職金請求権を失うようなことがあっても、それは、夫の責に帰すべき事由によって妻の潜在的な持分を失わせたということになるから、離婚時における妻の潜在的な持分の清算として退職金の分与を認めたことを遡って不当というではない。

 その見地から本件についてみると、夫が現在の状態で訴外会社の勤務を継続すれば、代表取締役として相当額の退職金の支給を受ける蓋然性は弁論の全趣旨によって、これを肯定することができるから、その退職金のうち、妻・夫の婚姻関係が破綻する前、すなわち、家庭内別居に至る前までの期間に相当する退職金を妻・夫で清算するのが相当であるところ、夫の報酬額には、極端な変動がある、そこで、その最低額の月額90万円(手取額)を基準に、・・・・・によって認められる基本報酬(90万円の75パーセントに当たる67万5000円)に代表取締役の役位係数1.9を乗じ、これから5年後の退職を仮定して昭和42年から平成20年までの41年間の在職を予定した退職金を前提に、これに前記期間に対する昭和42年から平成4年までの25年間が占める割合で家庭内別居に至るまでの間の退職金を算定すると、3206万2500円となる。これを妻・夫が5分5分の割合で清算するとすると、夫から妻に対して1603万1250円を財産分与として支払うべきことになる。」

 本件では、夫の退職まで5年であったため退職金の支給を受けられる蓋然性が認められました。珍しい点は、「将来、仮に夫に不行跡などが生じて退職金請求権を失うようなことがあっても、それは、夫の責に帰すべき事由によって妻の潜在的な持分を失わせたということになるから、離婚時における妻の潜在的な持分の清算として退職金の分与を認めたことを遡って不当というではない」と明確に判示した点でしょう。

4 財産分与(ローン付き不動産)

「妻・夫が□を取得したことは前提となる事実のとおりであるが、弁論の全趣旨によれば、□の時価は、現在、住宅ローンの残債務を控除すると、余剰が生じない程度であると認められるので、これを積極財産として財産分与の対象とするのは相当でない。

 夫は、これを踏まえ、却って、前記住宅ローンを完済するには、□を処分した売却代金を充てても足りないので、その不足額は、消極財産として、妻・夫が分担すべきものであるように主張するが、前認定によると、現時点では、□を売却すれば、その代金で住宅ローンを完済し得るのではないかと窺われるので、夫の主張は、その前提を欠き、採用することができない。

 したがって、妻・夫の夫婦共有財産である□については、積極財産としても、消極財産としても、財産分与に際して考慮する必要はないものといわなければならない。

 なお、□が財産分与の対象とならないというのは、これを売却して住宅ローンを返済することを予定したうえでの判断であるから、同マンションに居住している妻に対して占有権原を付与するものではないが、妻に誤解あるいは曲解が生じ、徒らに同マンションに居住し続けて紛糾する事態も懸念されなくもないので、妻において、進んで同マンションを明け渡すべき必要があることを付言しておく。」

 上記判決の「妻において、進んで同マンションを明け渡すべき必要があることを付言しておく」との部分は極めて珍しいものです。マンションは夫名義であったところ、判決では住宅ローンがあるため財産分与の対象としなかったのですが、そうすると、後日、妻は財産分与未了のマンションであるから共有持分を有すると主張する可能性があるわけですが、判決はそのような事態を慮って上記のように判示したものと思われます。

(弁護士 井上元)